徳守神社公式サイト 徳守フェイスブック

大 神 輿

【津山市有形民族文化財指定】

徳守大神輿

現在の神輿は2代目であり初代神輿は、寛文4年(1664)黒塗の神輿として新調され、明和2年(1765)に修理された記録が残っていますが現存していません。

現神輿は文化6年(1809)岡崎屋伊兵衛らの発起により、氏子の総力を結集して金塗神輿が新調され、その後明治31年(1898)に修理がなされ現在に至っています。

この神輿の大きさは本体部分たてよこそれぞれ1,7m、屋根部分たてよこそれぞれ2,1m、総高2,8m 重さは約1tといわれており、近隣に類例のない大きさを有していいます。その大きさと美麗さから日本三大神輿のひとつといわれていますが根拠は不明です。

当社秋祭りの神輿ご巡幸では、交代要員を含め担ぎ手の総勢が170名程必要とされ、極めて大型の神輿であることが伺えます。

例祭(10月第4日曜日)では、神輿ご巡幸に供奉を加えて行列の長さが500メートルにも及ぶ時代絵巻が繰り広げられます。このように長年市民に親しまれている行事であり、津山の誇れる文化遺産として評価され、平成10年8月4日に津山市教育委員会より有形民俗文化財の指定を受けました。

後藤荘六氏記録

現在の神輿は二代目であり、初代神輿は神社殿が完成した寛文4年(1664年)黒塗りの神輿として木知ヶ原町(堺町)の氏子が奉納し、神輿のご神幸が始まった。森家二代目藩主長継の内意で、城下西郊の小田中村神田西松原南に十間四方(18メートル四方)の御旅所を設け、町内を巡った神輿が御旅所まで行き、引き返すようになり、現在も御旅所は確保されています。

現在の神輿は、文化6年(1809年)岡崎屋伊兵衛らの発起により氏子の力を結集して文化8年(1811年)金塗神輿が新調され、明治31年(1898年)に一度修理されています。 平成23年(2011年)は、113年ぶりに平成の大修理、また、担ぎ出されて200年となる記念すべき年であり、平成7年以来となる本来あるべき姿の23日が祭礼日となる素晴らしい年となりました。